「諸芸稽古図会(よみもの他)」歌川広重/画 公文教育研究会蔵
往来物は手紙・書簡の模範文をまとめた初等教科書
平安時代末から明治初頭にかけてつくられた教科書を「往来物(おうらいもの)」と呼びます。「往来」とは手紙、書簡の意味で、往返一対の手紙の模範文をいくつも集めて初等教科書として編集したものを「往来物」と称しました。
その種類は7000種!!!
お師匠様たちの教育にかける熱意は、当時の教科書から窺うことができます。江戸時代に作られた教科書は、実物が残っているものだけで、7千種類以上もあります。大まかに250年で平均してみれば、年間30種類も出ていたことになります。
内容も、商売人、大工、農民の専門用語を教える教科書や、地方独自の地理や物産、生活習慣を教える教科書など、いろいろ工夫をこらした独創的なものが作られていました。
「文学ばんだいの宝」 一寸子花里/画 公文教育研究会蔵
往来物にはどのようなものがあったか見て行きましょう。
古往来-古代・中世に書かれたものを江戸時代に刊行
藤原明衡の作と伝えられる「明衡往来」は、江戸時代に入って板行されるようになりました。1642年の京都の板元によるものが初出であり、版を重ね江戸後期にも流布しました。こうした古代・中世に成立して、江戸時代に刊行された往来物を古往来と呼んでいます。「庭訓往来」「菅丞相往来」「釈氏往来」などがあります。
「庭訓往来」 東京国立博物館蔵
教訓科-子どもへの教戒やしつけ
子どもへの教戒を内容としたものや、日常の躾について具体的に述べたものです。 「実語教」「童子教」「手習新式目」などがあります。
「実語教絵抄」 滝沢馬琴/画 東京国立博物館蔵
社会科-社会生活に必要な知識・教養
社会生活に必要な知識のみならず、趣味・教養に関する内容を含んだもので、「慶安御触書」のような法令も教科書として使用されていました。
「御成敗式目」
語彙(熟語)科と消息科-手紙にまつわるもの
語彙(熟語)科は手紙文に頻出する単語・短歌・短文を収録したものです。
消息科は手紙の文例や手紙で頻出する単語・短句などを収録したものです。
地理科
歴史科
曾我兄弟の仇打ち、源平合戦、太平記、大坂の陣、島原の乱など史上の人物・事件を取り上げたものです。
産業(実業)科-農業・工業・商業するうえでの具体的な教え
「商売往来」は江戸時代にもっとも流布した往来物の1つでした。商業活動をするうえで必要な文字、貨幣や商品名はもとより商人生活の心得も収録しています。農業では、「農業往来」「田舎往来」「百姓往来」、工業では「番匠作事文章」、船匠に関するものとして「船由来記」があります。また、「諸品寸法往来」のように材木・石材・紙類・升などの標準寸法を記した往来物もありました。
「御家 商売往来」 東京国立博物館蔵
理数(理学)科
自然科学に関する往来物はそれほど多くはないですが、「塵劫記」のように和算に関する書物は多種類のものが出版されました。この他にも「身体往来」のように、生理学に類する往来物も著されています。上半身・両手両足各部の「五体」の名称、種々の分泌物・排泄物である「五腋」の名称や「五臓六腑」等について述べられています。
「塵劫記」 東京国立博物館蔵
合本科
複数の往来物を一冊の本として合本したものです。
女子用
女性用の往来物として「女今川」「女実語教」などの女訓書が刊行されていますが、なかでも明治以降出版され続けた「女大学」は良く知られています。「女大学」には、本文とは別に編集された「女職人之図」「同商人之図」といった挿絵や、「百人一首」「(婦人)世継草」「同産前之次第」「同産後之養生」「小児やしなひ草」「同急病妙薬」といったものが加わって、単なる教訓書としてだけでなく、教養書もしくは百科事典として版を重ねていきました。
「女今川」 東京国立博物館蔵
「百人一首画帖」狩野探幽/模写画 跡見学園女子大学図書館蔵
和紙は信じられないほど丈夫で、丁寧に使えば、100年は持つと言います。それで教科書を作り、師匠が生徒に貸し与えていました。習字の紙なども、真っ黒になっても、その上から書く。新しく書いた所は、光ってそれと分かるので、支障はなかったようです。
「風流てらこ吉書はじめけいこの図」(部分) 歌川豊国(初代)/画 公文教育研究会蔵
教科書にしろ、半紙にしろ、限られた資源を最大限に活用して、その中で、十二分に知恵と情熱を盛り込んで、教育に向かっていた様子が窺われます。
「幼童席書会」一勇斎國芳/画 公文教育研究会蔵
【参考文献】
・市川寛明 石川秀和.図解 江戸の学び.河出書房新社.2006
・東京学芸大学附属図書館 DAGITAL ARCHIVE 電子展示:寺子屋と往来物
・伊勢雅巨.国際派日本人養成講座花の江戸はボランティアで持つ
by Shoko@Japan
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